名古屋高等裁判所 昭和28年(う)1168号 判決 1953年12月28日
控訴人 被告人 西本養三
弁護人 北村利弥
検察官 片岡平太
主文
原判決中有罪部分を破棄する。
被告人を懲役壱年六月に処する。
原審並に当審に於ける訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は弁護人北村利弥の控訴趣意書に記載の通りだからこれを引用する。
論旨第一点について
本件起訴状に罪名の記載を欠いていることは正に所論指摘の通りであるが、刑事訴訟法第二百五十六条で起訴状に罪名や罰条の記載を命じているのは、公訴事実自体から訴因の明確を欠くが如き場合に備え、訴因を判断する一資料に供しようとの趣意に出たものと解すべきである。従つて罪名や罰条の記載を欠くも、公訴事実その他の起訴状の記載により訴因が明確になつていて、被告人の防禦権の行使に実質的に何等不利益を来す虞のない場合は何等公訴手続上の瑕疵となるべきものでは無いといわねばならぬ。いま本件起訴状を見るに、その公訴事実の記載により、四個の窃盗の事実につき公訴が提起せられたもので、格別訴因に不明確な点はない上、更に、罪名の項に、刑法第二百三十五条と罰条を明記してあるから単に罪名の記載のない点を捉えて、原審がこれに基き審理の上、右四箇の窃盗の内一箇を無罪残り三箇を有罪と判決しているのを、審判の請求を受けない事件につき判決した違法があると批難せる論旨は到底採用の余地がない。
論旨第二の(一)について
なるほど被告人が原判決理由冒頭記載の刑の執行を終つた月日は、原判決挙示の前科調書並に被告人の原審公判での供述によつてはら明らかではないが被、告人は原審第三回公判に於て、昭和二十四年五月十日確定した懲役一年以上二年以下の右刑を愛知少年刑務所で半年程つとめて出所したと述べて居り、格段の事情の認められない本件では、被告人は一部刑の執行を終つて仮出所し、そのまま刑期を終つたものと解すべきものであり、右刑期満了は昭和二十八年中の本件犯行の前で、而も犯行前五年以内のことであると認められるので、原審が所謂累犯加重の理由として、被告人が右前科の刑の執行を終つたと記載したのは固より正当であり、この点に関する原審の認定には何等所論の如く証明不充分乃至は理由齟齬の違法はなく、論旨は理由がない。
論旨第二の(二)について
原判示第一の窃盗の事実は同判決挙示の証拠を綜合して認め得られないわけではなく、原審証人遠藤うめ、同遠藤憲の証言、その他記録にあらわれた各証拠資料を精査するも原審のこの点に関する認定に誤りがあると疑うに足るものはない。論旨は結局原審がその自由心証により適式に為した証拠の取捨判断を批難するに過ぎないものと認められるので、これ又採用することはできない。
論旨第三点について
原判決記載の前科関係、認定事実並にその適用法条を調査するに本件は窃盗罪につき累犯加重及び併合加重を為すべき場合であるから当然刑法第十四条の制限内に於てその刑の加重を為すべきであるに拘らず、その適用をしていない違法があり、右は判決に影響を及ぼし得ないとはなし得ないので、論旨は理由があり、原判決はこの点に於て破棄を免れない。
以上説明の通りだから刑事訴訟法第三百八十条第三百九十七条に則り原判決中その有罪部分を破棄するが、同法第四百条但書に従つて直に次の通り判決することとする。
当裁判所の認定した前科、犯罪事実並にその証拠は原判決に認定判示の前科並に事実及び同挙示の各関係証拠と同一だから、ここにこれを引用する。
法律に照すと被告人の判示窃盗の所為は各刑法第二百三十五条に該当するところ、被告人には前示前科があるので刑法第五十六条第五十七条に従い夫々累犯加重を為し、以上は刑法第四十五条前段の併合罪の関係になるので同法第四十七条第十条に従い犯情最も重い判示三の罪の刑に併合罪の加重を為すこととし、同法第十四条の刑期範囲内に於て被告人を懲役壱年六月に処し、刑事訴訟法第百八十一条に則り、原審並に当審に於て生じた訴訟費用は全部被告人をして負担せしめることとする。
よつて主文の通り判決する。
(裁判長裁判官 河野重貞 裁判官 高橋嘉平 裁判官 山口正章)
弁護人北村利弥の控訴趣意
第一原判決は審判の請求を受けない事件について判決した違法がある。
起訴状には罪名の記載を必要とするにかかわらず本件起訴状には之を欠くから適法な公訴の提起があつたものということはできない。然るに原判決は右起訴状に基いて審理判決したのであるから審判の請求を受けない事件について判決したこととなり刑事訴訟法第三百七十八条第三号に違反するものである。
第二原判決の理由にくいちがいがある。
(一) 原判決は「被告人は昭和二十三年二月九日大阪高等裁判所に於て窃盗罪により懲役一年以上二年以下の刑に処せられその頃その刑の執行をうけ終つたもの」と認定しその証拠として「1被告人の前科調書2被告人の当公廷に於ける供述」を挙げている。しかし右証拠によつて被告人に対し判示の如く不定期刑の宣告のあつたことは認め得られるが果して「その頃その刑の執行をうけ終つたもの」であるかどうかは明らかでない。何となれば、右事実を立証するためには被告人が二年間服従したか若くは仮出獄を許されたのならば少年法第五十九条所定の期間を無事に経過したという事実を明らかにしなければならないにかかわらずこの点についての証明が不十分だからである。
(二) 原判決は判示第一の窃盗の事実を認定しその証拠として証拠の標目第一項乃至第四項記載の各証拠を挙げている。しかし右の中林祐溶の被害届各証人(遠藤うめを除く)の供述並証拠品の存在により判示の如き被害のあつたことと、被告人がこの賍品を上村かよと藤田美弥子に売却した事実とを認めることができるが被告人がその窃盗犯人であることを認定するには不十分である。又被告人の供述は右賍品は被告人が貸金のかたとして友人の西正司から貰つたものであることを主張し自己の犯行であることを強く否認するものである(記録第一三六丁裏及第一八二丁)。西良松の供述調書に至つては判示犯行日頃右正司が出稼先から尾鷲町へ帰つていたことを明らかにし却つて被告人の主張を裏書するものである。又証人遠藤うめの供述を以て犯人が被告人であることを立証せんとするには余りにも証明力に乏しいと言うの他はない。
第三原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用上の誤がある。
原判決の擬律を見るに刑法第十四条を適用した形跡を認めることはできない。従つて原判決は窃盗罪の刑に累犯の加重と併合罪の加重とをした刑期即ち三十年以下の懲役刑の範囲内で処断したこととなり右は明らかに刑法第十四条に違反するものである。而して右違反は判決に影響を及ぼすべきことは言うまでもない。
よつて原判決は破棄せらるべきものと考える。